100年のときを経て。「資生堂書体」が教えてくれること

はやいものでことしも残りわずかです。みなさん年賀状はもう投函されましたか?
もらって嬉しくない年賀状の1位は「手書きのメッセージがないもの」なのだそう。あるマーケティング支援会社が、10代〜60代600人の男女を対象におこなったインターネット調査の結果です。
eメールが普及し、手書きの文字で何かを伝える機会はめっきり減ってしまったいま、こういう調査結果がでることになぜかホッとします。
手書きといえば、およそ100年ものあいだ手書きで受け継がれているものがあります。株式会社資生堂の製品や広告につかわれる「資生堂書体」と呼ばれる書体です。
 
資生堂書体
 
1872年の創業から44年後、1916年、同社に意匠部(デザイン部)が発足。当時在籍していた日本画家 小村雪岱(せったい)氏が、宋朝体をベースに基本をつくり、グラフィックデザイナーの山名文夫(あやお)氏が完成させたこの書体は、ひらがな、カタカナ、漢字そして英字まで存在するまったくのオリジナル和書体。
およそ100年たったいまも同社宣伝部のデザイナーは、入社後一年間、資生堂の花椿マークとこの書体文字をフリーハンドで描くことを課せられるのだそう。コンピューター処理が一般的ないま、なぜ手書きにこだわるのでしょうか。
それは、クリエイターが会社の基本となるデザイン基調(スタイル)を身体化することを目的としているから。身体化とは、文字どおり自分の体のように使いこなす域にまで達するということでしょう。
「手書き文字は活字より情報量が多い」と述べるのは、東京大学大学院 酒井教授。絵文字や顔文字が使われるようになったのは、そうした記号を共有しなければ気持ちが伝わらないからで、いっぽう手書きで手紙をしたためていた時代は、顔文字を駆使する必要はまったくなかった。
 

 
それは筆跡や文体の書き癖のなかには十分な情報があり、たとえば、急いでいるような筆跡だとか、かきなぐったようで感情的になっているとか、丁寧にそろっていればゆったりとした気持ちでいるなとか、「手書きの文字」それ自体が情報源になっていたのだといいます。
IT化がよくないのではありません。カンタン便利な生活から生まれる「時間」は何ものにも代え難いもの。だけど、それに甘んじて私たちの大切な「身体感覚」を失ってしまってはもったいない、そんなふうに感じます。
頭のなかだけで完結しがちな現代の暮らしにあって、手を、体を使って、本来私たちがもっている感覚を呼び戻す。モノや情報が溢れるいまだからこそ、こうしたバランス感覚を大事にしていきたいと思います。
よいお年をおむかえください。そして来年もどうぞよろしく。
 
(参考)『美-「見えないものをみる」ということ 』(福原義春)

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